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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8248号 判決

原告

東日本自動車用品株式会社

右代表者

中村久雄

ユシロ化学工業株式会社

右代表者

森本貫一

右両名訴訟代理人

清水直

外四名

被告

日本オートケミカル株式会社

右代表者

藤田早苗

藤田早苗

郡山英志

大田原勝

佐藤明夫

右被告ら訴訟代理人

内田仙次

主文

一  被告藤田早苗、同郡山英志、同佐藤明夫及び同大田原勝は原告東日本自動車用品株式会社に対し、連帯して金一四八万一三一五円及びうち金一三八万一三一五円に対する昭和四六年九月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告東日本自動車用品株式会社の右被告らに対するその余の請求及び被告オートケミカル株式会社に対する請求を棄却する。

三  原告ユシロ化学工業株式会社の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告藤田早苗、同郡山英志、同佐藤明夫及び同大田原勝の連帯負担とし、その五を原告ユシロ化学工業株式会社、その余を原告東日本自動車用品株式会社の負担とする。

五  この判決は、原告東日本自動車用品株式会社の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1(一)、(二)、(三)の原告東日本、同ユシロ及び被告会社の各目的、請求原因2の事実中、原告東日本が設立される以前に同一商号の別会社(旧会社)が存在したこと、同社が経営不振のため事実上倒産し、昭和四四年九月二日原告東日本が設立されたこと、被告藤田はもと同社の取締役兼営業部長であり、被告郡山らは同人のもとにあつて同社の営業部門を担当していたこと、当時、同社の営業の範囲は関東一円及び東北の一部に及び各営業担当員がそれぞれ固有の区域を担当して販売にあたつていたこと及び請求原因3の事実中、被告藤田らが昭和四六年三月中に原告東日本を一斉に退職し、いずれもその後設立された被告会社の役員となつたこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

二そこで、右争いのない事実及び〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告東日本は、以前に存在した同一商号の旧会社が昭和四四年六・七月頃経営不振のため事実上倒産し、その大口債権者であつた原告ユシロの援助により、旧会社の債務の弁済及びその事業の継続を図る目的で、旧会社から、その債権、動産及び商号権の譲渡を受け、その債務の履行引受をし、その「のれん」代金として金六八六万六四七五円を支払うこととして昭和四四年九月二日設立されたものであつて、自動車用品及び自動車用化学製品の販売を主たる営業内容としていること、原告ユシロは、蝋製品及び油脂製品の製造を目的とする会社であつて、「カポリ」なる名称を付した自動車用化学製品を製造し、原告東日本等を通じて販売し、原告東日本の設立の際には、前記「のれん」代金を立替払いする等の援助をし、その後も同社の取得した手形を割引いたり、社屋を提供したりして、その再建のため尽力していたこと。

2  原告東日本の営業の範囲は関東一円から東北の一部にまで及び、被告郡山らが退職する以前においては六名の営業担当員がそれぞれ固有の営業担当区域を専属的に受持つて、ガソリンスタンド等の得意先を巡回し、クツシヨン、車ブラシ、マツト類などの自動車用品や、エンジン洗浄剤、ラジエーター添加剤、ワツクス、洗剤などいわゆる自動車用化学製品を販売していたものであり、したがつて、原告東日本の営業は、得意先との人間関係に負う要素が強く、製品に付する評価と同様に営業担当者の経験と得意先との信頼関係に依存していたこと、そして被告藤田は同社の取締役兼営業部長として、被告郡山らは同社の販売担当員として、被告郡山にあつては茨城県全域を、同大田原にあつては群馬県及び埼玉県を、また同佐藤にあつては栃木県、群馬県及び茨城県の一部をそれぞれ担当区域として同社の営業に従事しており、原告東日本の収益はひとえにこれら営業担当員の売上げ如何にかかつていたこと。

3  ところが、被告藤田らは、おそくとも、未だ原告東日本の役員若しくは従業員であつた昭和四六年三月中旬以前から、原告東日本と類似の商品をも取扱い、類似の形態で営業する被告会社の設立を企図し、その開業準備行為として設立後に販売する商品を訴外東宝化学株式会社に発注するなどして着々その準備を進め、一斉退職により同社の営業が一時頓挫するであろうことを十分承知しながら、昭和四六年三月二五日に突然一斉に退職申し出をし、営業担当員としては当然必要とされる得意先との事務引継ぎも行わずそのまま退職したこと。

4  被告らは直ちに被告会社を設立し(登記は同年四月一二日)、被告藤田が同社の代表取締役に、また被告郡山らはいずれもその取締役に就任して、被告郡山らは原告東日本におけると同様に被告会社の営業を担当し、おそくとも同年四月一日には原告東日本在職当時担当していたのと同一区域において、既に顔なじみとなつている同社の得意先に対し被告会社として、エンジン洗浄剤、ラジエータ添加剤ワツクス洗剤などの、いわゆる自動車用化学製品の販売を開始したこと、右被告会社の販売する商品のうちには、「ゴールデン・エンジン・フラツシヤー」及び「ゴールデン・ラジエータ・コンデイシヨナー」があり、原告東日本で販売していた商品には、「カポリ・エンジン・フラツシヤー」及び「カポリ・ラジエータ・コンデイシヨナー」があること、

5  原告東日本は、被告藤田らの一斉退職以後、被告郡山らの担当区域における売上げは皆無となり、現在においては、その営業は全く停止し、事実上倒産状態に立ち至つていること。

以上の各事実が認められる。もつとも右認定事実中、被告藤田らが原告東日本在職中から被告会社の設立を企図していたとの点については、被告らは、これを強く否認し、同社の設立は訴外双福化学株式会社において企図され準備されていたもので、被告藤田らは原告東日本を退職するまでは一切これに関係せず、退職後初めてこれを引き継いだに過ぎないと争うのである。そして、これに沿う証拠もないわけではない。しかしながら右に認定した被告藤田らの退職及び被告会社設立に至る経緯、特に被告藤田らはいずれも昭和四六年三月二五日そろつて原告東日本を退職していること、右退職に際して得意先との事務引継ぎを行つていないこと、同人らが退職後の仕事について何の見通しもなく退職したとは到底考えられないこと、同人らが退職して被告会社が設立されるまでわずか半月しか経過していないこと、及び被告会社の取締役は同人らだけであること、訴外双福化学において準備していた営業所、什器備品、商品、自動車等を被告会社が引き継いだといいながら、その引き継ぎに関する具体的内容について納得のいく説明が全くないことの各事実を総合して考えると、被告らの言い分はあまりにも偶然的に過ぎるものと言わざるを得ず、容易に首肯し得ないものである。

右のとおりであるから、本件においては結局のところ右1ないし5の認定を左右する証拠はないと言うべく、〈証拠〉のうち右認定に反する部分は措信しない。

三なお原告は、被告藤田らが原告東日本在職中及び被告会社設立後において、原告東日本の得意先に対し、同社が自動車用品の販売を今後積極的に推進する意思がない旨流布したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、また被告会社がその「ゴールデン・ラジエータ・コンデイシヨナー」に「日本自動車油剤工業会・ラジエータ防錆剤・JAO認可証」なる表示を不正に使用しているとの事実については、その表示を使用していること自体は〈証拠〉によりこれを認め得るのであるが、〈証拠〉によれば、訴外東宝化学株式会社において、同工業会に対し、所定の届出をしていることが認められるので不正使用とは言えない。

四そこで被告藤田らについて、不法行為の成否を判断する。

まず、被告会社の営業が原告東日本のそれと競合するかどうかについては、前記認定のように、両会社の取扱う商品のうちには、エンジン洗浄剤、ラジエター添加剤、ワツクス、洗剤などの、いわゆる自動車用化学製品があり、しかも原告東日本の販売していた「カポリ・エンジン・フラツシヤー」及び「カポリ・ラジエータ・コンデイシヨナー」に対し、被告会社では「ゴールデン・エンジン・フラツシヤー」及び「ゴールデン・ラジエータ・コンデイシヨナー」を発売したものであつて、その販売先が同一であると言うのであるから、両社の営業は競合するものとしなければならない。そして〈証拠〉によれば、被告郡山らの売上げ中、「カポリ」製品の売上げは三ないし四割程度を占めていたこと、また同人らは「カポリ」製品のほかにも減摩剤として、デユポン社の「ゴールデンセブン」を販売していたことが認められるから、原告東日本にとつて、いわゆる自動車用化学製品は、その取扱商品のうち重要な部分を占めていたことが窺われるのである。そうだとすれば、前記認定二2、3の事情の下では、原告東日本が被告郡山らの担当していた地域において、一時休業状態に陥つたことは、まことに無理からぬところであると言うべきである。

次に、被告藤田らの行為が正当な経済活動として是認されるべきかどうかであるが、確かに一般論としては、被告らの言うように、同種の会社を設立することもまた同種の商品を販売することも、現在の我国においては、原則として、自由であることは論をまたない。しかし、一方原告東日本においても、旧会社以来自動車用品及び自動車用化学製品を販売する会社としてその営業を継続してきたのであつて、同社の右営業活動も、違法な手段、方法によつて侵害されないという意味では法的保護の対象になることは明らかである。してみれば、被告らの言う自由も原告東日本の営業活動を違法に侵害しないという限りにおいて自由であると言うに止まり、その限度において被告らの営業活動が制限されるのは止むを得ないことと言わなければならない。

そこで本件についてこれを見ると、被告藤田らが原告東日本と競合する被告会社を設立することは自由であると言つても、その設立については原告東日本に必要以上の損害を与えないように、退職の時期を考えるとか、相当期間をおいてその旨を予告するとか、さらには被告会社で取扱う製品の選定やその販売先などにつき十分配慮するなどのことが当然に要請されるのであつて、いたずらに自らの利益のみを求めて他を顧みないという態度は許されない。しかるに前記認定事実からすれば、被告藤田らは原告東日本在職中から被告会社の設立を企図し、突然にしかも一斉に同社を退職して同社と営業の一部競合する被告会社を設立し、従来からの原告東日本の得意先に対し、同社と同一若しくは類似した商品の販売を開始したというのであるから、同人らのかかる行為は先に述べたことからして著しく信義を欠くものと言わざるを得ず、もはや自由競争として許される範囲を逸脱した違法なものと言わざるを得ない。したがつて被告藤田らは、これによつて原告東日本が被つた後記八の(一)の損害について、共同不法行為者として賠償すべき義務があるというべきである。

五そこでさらに、被告会社の不法行為責任の有無について判断するに、前記のとおり被告会社が原告東日本と競合する商品を販売することだけでは、何等違法な行為ではなく、前記認定したような不公正な方法で競合する製品を販売し、同社の得意先を奪うこと、すなわち、被告会社成立前からの被告藤田らの一連の行為が全体として違法性を帯びると評価されるのである。そして被告藤田らの右行為は被告会社の職務を行なうためになされたものとは認められず、したがつて被告会社が不法行為責任を負わないことは明らかである。よつて、原告東日本の被告会社に対する請求は理由がない。

六原告ユシロは、被告らの前記行為により原告東日本における自社の「カポリ」製品の売上げが皆無になつたため、その販売によつて得べかりし利益を喪失したと主張するのでこの点につき判断すると、被告らの前記行為と原告東日本の売上げが皆無となつたことの間には被告藤田ら退職直後の三ケ月間のそれを除いてもはや相当因果関係が存しないものと解されることは後に八の(一)で述べるとおりである。また被告藤田らが原告東日本を退職した直後の損害に限つてみても、前記認定したところによれば原告ユシロは原告東日本を通じて自社の製品を販売していたに過ぎないのであるから、原告東日本の役員若しくは従業員であつた被告藤田らの一斉退職による影響についても、原告東日本の場合に比して間接的なものであつて、原告ユシロとしては自ら販売を開始するなり、他の業者に販売を委託するなりして右事態に十分対処し得るものと考えられるので、その損害は被告藤田らの行為と相当因果関係にあるものとは言えないと解するのが相当である。したがつて原告ユシロの右請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

さらに原告ユシロは請求原因5(二)(2)のとおり述べて、その信用が毀損されたと主張するが、右主張はいずれも、原告東日本が事実上倒産の状態に陥つたのは被告らの行為によるものであること及び被告会社の「日本自動車油剤工業会のJAC認可証」の表示使用が違法であることを前提とするものであつて、その前提において既に理由がないことは今までに述べたところから明らかである。したがつて、原告ユシロの右請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

七原告東日本は、被告藤田らが昭和四六年一月から同年三月退職するまで、原告東日本における職務をないがしろにしたと主張するが、これを認めるに足る的確な証拠はないのである。この点について原告東日本は、被告郡山らの右期間における売上高が同人らの昭和四五年の月間平均売上高と比較して減少しているというが、〈証拠〉によつて同人らの昭和四五年中の売上高をみてみると、その売上高には季節的な変動があり、昭和四五年の月間売上高をみても、一月から三月までは比較的売上げの少ない時期であると認められる。試みに昭和四五年の同人らの月間売上高につき、多い月から順位をつけてみると、被告郡山については一月は第一〇位、二月は第一一位、三月は第一二位であり、被告大田原については一月が第一一位、二月が第一〇位、三月が第七位であり、被告佐藤については一月が第七位、二月が第一〇位、三月が第一一位であつて、いずれの月においても同年中の月間平均売上高に達した月はないのである。このことからすれば、同人らの売上高については単に前年の月間平均売上高と比較すべきではなく、前年同時期における売上高と比較すべきである。なおその場合、同人らが昭和四六年三月二五日原告東日本を退職したこと、したがつて同年三月における稼動日数が最大限二四日であつたことは前記のとおりであるから、昭和四五年三月分の売上高に三一分の二四を乗ずることとする。このようにして同人らの昭和四五年の一月から三月までの売上高と翌昭和四六年一月から三月までのそれとを比較してみると、右証拠によれば昭和四五年一月から三月までの売上高は被告郡山が金三五八万二〇九三円、同大田原が金三五四万〇四九七円、同佐藤が金四二七万一五四四円であり、同じく昭和四六年一月から三月までの売上高は被告郡山が金二八〇万三五五〇円、同大田原が金三五五万四五八二円、同佐藤が金三二三万九九六三円であるとそれぞれ認められる。そうすると、被告大田原については、一〇〇、三%と僅かながら増加しているが、被告郡山は七八%、同佐藤は七五%と、それぞれかなり減少しているものといわなければならない。しかしながら〈証拠〉によれば、被告大田原、同佐藤(被告郡山については、昭和四五年九月頃一部担当替がなされているので除外する。)の、昭和四四年九月から一二月までの売上高と昭和四五年九月から一二月までのそれとを比較すると、全体的にみれば昭和四五年度の売上高は前年度より増加しているが、月によつては前年度比で九〇%程度に減少している月もあるのであるから、売上高の点だけから、被告郡山、同佐藤が原告東日本の職務をないがしろにしたと断定することは困難である。

そうすると右事実を前提とする原告東日本の請求は失当である。

八被告藤田らの前記四の不法行為により原告の被つた損害について検討する。

(一)  昭和四六年四月から昭和四七年八月末日までの損害

前記四認定のように、被告らの違法行為により、原告東日本が、被告らの担当区域における営業を一時停止したことは、まことに止むを得ない措置であるが、原告東日本としても、右不測の事態に対処してその損害を最小限にくい止めるべく、新規に営業担当員を採用するなり、別個の販売方法を策定するなりの、何らかの打開策を講ずべきであつて、単に手をこまねいて事態を傍観していることは営利を目的とする企業としては許されないところである。同社は旧会社以来一貫して自動車用品及び自動車用化学製品の販売を継続して来たのであつて、この過去の実績からすれば、当時同社において適切な措置を採つたならば、たとえ、被告郡山らが従来からの得意先に対し、被告会社の商品を販売し始めたとしても、同人らの担当区域における売上げがいつまでも皆無の状態であつたとは到底考えられず、その経営の危機を乗り切る余地は十分あつたものと言わなければならない。しかるに、本件においては、原告東日本が企業として当然必要とされるこのような努力をしたと認め得るような証拠は全く存在しない。同社はこれについて時期的に人を採用することが不可能であつたと弁明するが、その時期が三月末であつたというだけでは必ずしも不可能とまで言えないのであつて、要は同社の熱意次第であつたと言わなければならない。してみると、被告藤田らが退職し、その善後策を講ずべき相当期間経過後においても、売上げが皆無であつたことによる損害は、被告郡山らの販売活動によるものと言うよりも、むしろ原告東日本の企業として無気力とも言える態度に負うところが大きいと考えられるのであつて、もはや被告藤田らの行為と相当因果関係にある損害とは言えないと解するのが相当である。以上のことからすれば、被告藤田らの前記一連の不法行為と相当因果関係にある損害としては、原告東日本の営業が一時停止するも止むを得ないと認められる相当期間における損害に限られると言うべきであつて、右相当期間については原告東日本において熱意をもつて被告郡山らの後任営業担当員を採用し、その業務遂行に必要な最小限度の教育を施し、一応得意先とのいわゆる顔のつながりができるまでの期間と考えられ、当時の人手不足やその業務内容等諸般の事情を考慮すれば、右相当期間としては少くとも三ケ月を要するものと考えるのが相当である。

そこで、右期間における原告東日本の損害について考えるに、七で述べたところにより、少くとも被告郡山らは昭和四六年四、五、六月において前年の同時期と同程度の売上げを上げ得たものと考えられるので、これに対する同社の純利益に相当するものであると言うことになる。なお、売上げの伸び率については、原告東日本の主張は同人らの昭和四四年九月から一二月までの売上げと翌年同期のそれとを比較したものに過ぎず、これのみを以つてしては、その主張を合理的理由があるものと認め得ないので右損害額の算定にあたつては考慮しない。

そして〈証拠〉によると被告郡山らの昭和四五年四、五、六月における売上げは金一五七五万〇八七七円であることが認められ、また〈証拠〉によれば、昭和四四年九月一日から昭和四五年八月三一日までの同社の総売上高は金九七九三万五八八七円、右期間の純利益は金七三六万六六〇七円であつたのであるから同社の右売上高に対する利益率は7.5パーセントと認められる。したがつて、その損害額は次の算式により金一一八万一三一五円となる。

15,750.887×0.075=1,181.315

(二)  昭和四七年九月以降の損害

原告東日本が右期間における損害として請求する「のれん」代金六八六万六四七五円なるものの性質は多少不明確であるが、仮に右金員が右期間中の得べかりし利益に相当するというのであれば、それはもはや被告らの行為と相当因果関係のある損害とは言えないことは右に述べたとおりである。又仮に右金員が同社が事実上倒産状態となつたことより有機体としての同社の価値そのものを無価値ならしめられたことによる損害であるとすれば、これまた被告らの行為と相当因果関係にあるものとはいえない。なぜかといえば、既に述べたように、同社が被告郡山らの担当区域において営業を継続しなかつたことによる一定期間経過後の損害すらも、被告らの行為と相当因果関係にある損害とは認められないのであるから、その結果たる倒産状態に陥つたことによる損害については、なおさら然りといわなければならないからである。

(三)  弁護士費用

原告らが昭和四六年九月一八日弁護士清水直らに本件訴訟を委任し、既に手数料として、原告東日本は金二〇万円、同ユシロは金一〇万円をそれぞれ支払い、さらに報酬としてそれぞれ本件請求額の一割を支払うことを約したとの事実は弁論の全趣旨により認められるのであるが、原告ユシロの右に要した費用については、同社の請求は既に述べたとおりいずれも理由がないものであるから、被告らの行為と相当因果関係にある損害とは言えない。原告東日本については事案の難易、審理に要した期間及び本件請求認容額等諸般の事情を考慮して、被告らの行為と相当因果関係にある費用としては右のうち金三〇万円が相当と認められる。

九以上のとおりであるから、原告東日本の本訴請求は、被告藤田らに対し連帯して前記八の(一)の金一一八万一三一五円と八の(三)の金三〇万円の合計金一四八万一三一五円及び右のうち未払いの弁護士費用金一〇万円を控除した金一三八万一三一五円に対する遅延後たる昭和四六年九月二九日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、原告ユシロの本訴請求は全て理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(中島一郎 満田忠彦 河村吉晃)

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